Wikipediaで山上の垂訓を引用しました。マタイ伝からの引用
[編集]5章1節 イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。
2 そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われた。
3 「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
4 悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。
5 柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。
6 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。
7 あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。
8 心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。
9 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。
10 義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
11 わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。
12 喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
13 あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。
14 あなたがたは、世の光である。。
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マタイ 5:1 -
マタイ 5:14私がよく読んでいる聖書は新改訳です。
マタイの福音書5章から7章が山上の垂訓とされるところだと思います。
人付き合い悪くてすいません。ダビデへのナタンによる叱責
キリスト教聖書第2サムエル記12章1〜4節
1 主はナタンをダビデにつかわされたので、彼はダビデの所にきて言った、「ある町にふたりの人があって、ひとりは富み、ひとりは貧しかった。
2 富んでいる人は非常に多くの羊と牛を持っていたが、
3 貧しい人は自分が買った一頭の小さい雌の小羊のほかは何も持っていなかった。彼がそれを育てたので、その小羊は彼および彼の子供たちと共に成長し、彼の食物を食べ、彼のわんから飲み、彼のふところで寝て、彼にとっては娘のようであった。
4 時に、ひとりの旅びとが、その富んでいる人のもとにきたが、自分の羊または牛のうちから一頭を取って、自分の所にきた旅びとのために調理することを惜しみ、その貧しい人の小羊を取って、これを自分の所にきた人のために調理した」。
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