室町時代に本願寺(山科本願寺)三世の覚如によって書かれたとされる「親鸞伝絵」の中の「箱根霊告」の中には、親鸞上人が箱根山の訪れ、箱根大権現に会い、権現が感動して
翁を通じて親鸞上人を厚遇した、という下りがありますが、
果たして、神祇不拝(阿弥陀如来だけを信じて邪神は一切信じるなという事)を訴えていた親鸞が何故その神祇(神様という意味)である箱根権現に会い、敬意を払ったのか?というところが近年学者の間でも議論の対象になってきました。
実際に親鸞が箱根を訪ねたかどうかについては、越後より関東(常陸)に旅していた親鸞が54歳の時にこの地箱根を訪ねたことは地元での伝承などからしても事実であろうと見られてますが、「箱根権現との出会い」の部分については後世の創作だと推測されています。
浄土真宗(明治前は一向宗とか門徒宗と呼ばれていた)は覚如の室町時代から8世の蓮如の戦国時代にかけて急速な勢力拡大を始めており、それまで本地垂迹説で成立していた地方の権現信仰の地域を制圧する為にも「箱根霊告」(覚如)のような説話が必要であったのではないか?と推測されています。
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