死ぬためではなく、生きるために戦おう!!長州藩士、後に
維新三傑の一人に名を連ねた男:
木戸孝允(きど/たかよし)。またの名を
桂小五郎。
松下村塾を継ぐ前の
吉田松陰に師事して兵学を学び、さらに後に
神道無念流「練兵館」に入門。僅かな期間で免許皆伝を取得した
天才剣豪としての面を持つ。
長州藩の若き俊英として頭角を現し、生涯の伴侶となる
芸妓"幾松"(後の
木戸松子)とも出会った小五郎であったが、八月十八日の政変、禁門の変を経て、長州藩は朝敵の烙印を押され、追われる立場となった小五郎は、
時に乞食に化け、女性に化け、幕府勢や佐幕派の追っ手から隠れ逃げ延びたことから
「逃げの小五郎」の異名を持つようになった。
それから後、小五郎は長州藩の代表として倒幕維新を積極的に進めて
薩長同盟を締結させた。
大政奉還後は新政府幹部となり
「五箇条の御誓文」「廃藩置県」の推進に尽力したが、西南戦争が勃発した1877年、癌により45歳で病没。
その
最期の言葉は、残る維新三傑(西郷隆盛、大久保利通)に生じた亀裂を憂いたものであったという。
長兄の英傑大戦:
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