これが現実だ...受け入れろ..!!長州藩士:
長井時庸(ながい/ときつね)。通称:
長井雅楽(ながい/うた)。
[これで うた と読むのは初見は無理]長州藩十三代藩主:毛利敬親の信任を受けて出世。直目付役を司るまでに至った。
後に長州藩は外敵を寄せ付けないで自国を守ろうとする攘夷派が台頭するようになるが、雅楽は開国論者であり
[航海遠略策]を提唱。
この開国論は
「広く世界の知識や技術を吸収することで外国に対抗しよう」というものであり結局のところ攘夷に繋がる考えなのではあるが、
別派閥の攘夷派である吉田松陰やその門下と対立。
(攘夷の考え方でいくつも派閥がある面倒な状態である)安政の大獄が起きると、吉田松陰門下から暗殺計画を仕掛けられるほどとなり、さらに藩内で尊王攘夷過激派が跋扈するようになると
派閥闘争に敗れた雅楽は謹慎処分の後に切腹の沙汰にまで及ぶこととなった。
しかし、明治の世まで時代が進むと日本は彼の掲げた開国による技術革新に舵をきっており
彼の提唱した航海遠略策は正しかったと歴史が証明した。
彼の撤退台詞は正しいことを主張しているのに派閥争いに破れたが故に間違っていると断じられた無念を象徴したものである。
辞世の句:君がため 捨つる命は 惜しからで ただ思はるる 国のゆくすえ
長兄の英傑大戦:
mylist/73130055
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