如何なる策を立てようと、全ては俺の手の中だ!後漢末期、魏国は曹操の天才的参謀:
郭嘉。字は
奉孝。
豫州潁川郡の生まれであり、幼き頃からその学は抜きんでいたとされる。
時の大勢力である袁紹の下へ向かい仕官するが
袁紹に付いてもこの先に彼が破滅するであろうことを悟った為、任を辞した。その後、同郷の荀彧に推挙されたことで曹操に従うこととした。
曹操は郭嘉の才を見抜き、また郭嘉も曹操の覇者としての器を見抜いたため
互いが互いを認め合う主従の形となった。
性格は
傲慢不遜な態度がよく見られたものの、
郭嘉の先見の明は確かであった。・孫策の快進撃はも長くなくほどなくして命を落とすことを見抜き
・呂布は飼いならすことの出来ない猛獣である為、許さず殺すべきだと進言し
・当時は協力関係であった劉備が大きな敵となることを確信してはいたものの
ここで罪無き劉備を暗殺すれば天下からの批判で苦しい状況になることを説いた。
曹操は「自身の意図を話さずとも常に理解してくれているのは郭嘉だけ」と評したという。
(三国志演義においても郭嘉の能力は貶されず、格を維持しているほど)
しかしながら38歳という成人まで生きた者としては早めの年齢で死去。
その6年後に曹操は赤壁にて大敗を喫してしまうが
「郭嘉が生きていれば赤壁の敗戦は無かっただろうに・・」と天を仰ぎながら呟いたという。
長兄の英傑大戦:
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