解説:
https://note.com/ukiyojingu/m/md67e7f3dc739ukiyojinguは、思えば8年ほど昔に始まった。「京都らしい名前を」という理由で生まれたukiyojinguという名前だが、その名前に「憂き世」とあることからか、最初から現実主義的な音楽を目指していた——或いは、むしろ名前が無意識理に方向性を決めたのかもしれない。京都で生まれ関西で育った私は、都市しか知らない。碁盤の目と形容される京都市街、そしてその中でシステマチックに駆動する人間の様相。大学生になって初めて一人で行った渋谷や新宿の、プログラムされたかのように動く人の流れ。全く思想も行き先も異なるはずの人びとによる、エラー一つない完璧な動きのように感じさせてくれた都市の風景は、私にどこか崇高ともいえよう美しさを感じさせた。その素晴らしさに感化された私は、そんな動態的都市を憂き世より眺める地点を作る場所として、このukiyojinguという名前を再定義した。
そんな私が最初期の作品を改めて整理し、『都市巡礼』という名前のもと発表するのには二つほど理由がある。うち一つは個人的なことなのだが、昨年に行った就職活動が結果的に巻き起こすことになった、デジタルデトックスに起因する。昨年まで続けていた大学非常勤講師の仕事は私にとって紛れなく良い経験だったが、非常勤講師をいつまでも続けることができない手前、就職活動を行なっていた。その間、依頼を受けて執筆させていただいた各種論考を除いて、自ら新曲を投稿することはしなかった。それは結果として、ニコニコ動画と距離を置く理由にもなった。私は言語が十分な枠組みをもってして運用されることなく、ただ横滑りになって誤配を繰り返す果てに誰かを攻撃する光景を見続けるのが苦痛だ。デジタル空間が須くそうなのであれば、私はそれらといかに関係と保つかを慎重に考える必要性を与えてきた。
ところが、2か月前にあったサーバー攻撃は、意図せずデジタルデトックスを延長させた。まるで現実世界での交流が絶たれた数年間の反動かのように、今度はデジタル空間でのディスタンスがとられる。セルフプロデュースに勤しむ若手ボカロPの多くがYouTubeをはじめ他の動画投稿サイトで活動を継続する姿はニコニコ動画の今日的不要性を反映しているかのようで皮肉だが、ともあれ、これは換言すれば、今の私たちはニコニコ動画を失った程度でデジタルデトックスはできないということだ。私たちはやはり、どこまでもデジタル空間から逃げられないのだろうか。どこまでもそこに縛られるのだろうか。
かくして、個人的理由とKADOKAWAへのサーバー攻撃という、二重のデジタルデトックスに伴って、私は改めてデジタルなものから「都市」へ目を向けるのだ。
ukiyojingu作品集『都市巡礼』2025.12.30 release
https://ukiyojingu.booth.pm/ https://ukiyojingu.bandcamp.com/ 楽曲に対しての投げ銭はこちら
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