ふるさとの訛りなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし今回は寺山修司さんの俳句をもとに作成しました。私が最初に感じた内容では、上京した友人が久しぶりに故郷へ帰ってきてかつての友人と喫茶店にいた時のシーンである。故郷に残った友人は近くの市街地で働いており、仕事関係では標準語で話しているが仲のいい関係の人たちには自然と訛ってしまうそんな感じだったのであろう。だからこそ都会に行った友人が標準語で話したときに少し寂しくなったのではないだろうか?標準語で話す=他人行儀と思っていたのではないだろうか?少なくとも同じ故郷の友人ならば訛を恥ずかしがることなく話せる関係だと思っていたはずだ。ただ帰ってきた彼は標準語でしか話さなくなり、自分だけ訛っていることに恥ずかしさや寂しさなどがあったと思う。又、ほかの方の解釈だと自分の口に合わないモカ珈琲を美味しそうに飲む友人。都会の風で洗練された友人と比べ、訛りを上手く直せない自分、まだモカ珈琲を味わえない自分。その引け目の感情を「かくまでにがし」と表現している。この考え方にもすごく納得できるが今回は自分が最初に感じたままで作ってみた。また自分も今回初めてモカ珈琲を飲んでみたがそこまで苦いというわけでもなくなんなら飲みやすいまであったので珈琲初心者の方でも美味しく飲めそうだと思いました。後、私はもとから標準語であったということもあり湊音ちゃん調整がすごく難しかったです。自分で聞いててもこれ訛ってるんか?みたいな所がいっぱいありましたがそこまでしっかりやってしまうと一生投稿できないと思いちょっと妥協させてもらいましたすみません。いやーでも寺山修司さんの詩ってすごくいいですよね!私が初めてであったのは忘れもしない中学二年生の時、今にして思えばこの出会いが私の創作活動の第一歩、オリジンと言っても過言ではないでしょう‼そう!あの夏休みが近づき浮き立つ気持ちを抑えながら取り組んでいた国語の授業のこと.....
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