都市巡礼 #9
解説:
https://note.com/ukiyojingu/m/md67e7f3dc739私たちの言葉は須らく不完全であり、言葉はどこまでも意志や感情を他の誰かへ完全に伝えることはできない。言葉は無数にも誤配され、私の意志が誰かへ確実に伝わることなど永遠にない。言葉と名付けられたこの楽曲に込められた言葉でさえ、その真意を明確に伝えることはできないだけでなく、何らかの受信を行った誰かでさえ、その言葉はただ「分かったつもり」になっているにすぎない。私たちは永遠に分かり合えないし、だからこそ、「分かったつもり」がどれほどの暴力を内包しているかに、目を向ける必要がある。誰しもが、そんな誤配された言葉の瓦礫によって形成された巨大な壁の前に面している。
それでもなお、私たちはなおも言葉を幾重にも入れ替え、あるいは言葉でないものを用いて何かを伝えようとする。確実に内包された非論理的な何かを正しく伝えようとするため、論理でない要素に私たちは目を向ける。そうして、私たちは新たな表現技法から意思や感情の伝達を試みる。そのヴァリエーションは、このシステマチックに駆動する無機的都市、あるいは芸術的都市が喪失させた毛細血管を復活させ、総体としての私たちを蘇生させる行為であると、いうことは可能だろうか。言葉の意味が表層化され、誰しもが誰しもの意図を救い損ねるどころか救う仕草すら見せようとしないこの芸術的都市に対し、言葉の意図を深く探ることの意味は、一体どこに見出されるだろうか。
今日も、どこかで誰かの言葉が生まれ、そして消失する。誰かが誰かの言葉を身勝手にもパッケージングし、そして身勝手な誤配のもと、何かが生産され消えゆく。そうして都市の地下層に形成される言葉の瓦礫たちはやがて風化し、都市を砂漠へと変貌させるだろう。水分を求めなければ生きてゆけない私たちは砂漠から逃げるが、かといって、陸地を一切書いた深い海の底でも生きられない。そうして、私は「海辺」を自分の居場所に求めた。それはどちらにも極端化しない、どちら側にもつけない臆病な私の表現だ。だがしかし、芸術的都市を駆動させるシステムから逃避してもなお私が孤独にならないための方策として、この結論は素朴だが十分だろう。そんな海辺から送信された言葉は、過度に情動的/身体反応的でもなければ、過度に理性的でもない、この画面を見る貴方へ向けられる。都市を巡礼する私の視線は、この言葉を聞き、そして内部でその言葉を反響させ続けられる貴方を求める。そうして、私は貴方を再発見し、決して表層的ではない「貴方」へと接続可能な小路を見つけたく思う。
ukiyojingu作品集『都市巡礼』2025.12.30 release
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