2025年の4月下旬、長野県上田市にある戸石城(といしじょう)を訪れました。
築城年代等は不明ですが、
城山の麓に海野氏(うんのし)の菩提寺である陽泰寺(ようたいじ)があるので、
海野氏による築城の可能性が高そうです。
戦国時代には村上氏の城となっており、
天文19年(1550年)、武田晴信(後の信玄)が戸石城に攻め寄せますが、
戸石城の守りは固く、また、村上義清が高梨氏と和議を結び、
葛尾城から後詰めとして来援した為、
武田軍は撤退するも、村上軍の追撃が激しく、
武田方は多くの兵を失い敗走したとされ、
武田方ではこの敗戦のことを「戸石くずれ」と呼んだそうです。
戸石城は、南から戸石城・本城・桝形城と各城山の山頂に曲輪があり、
南西の尾根伝いに米山城、南東に、戸石城と尾根で繋がってはいませんが、
出城の飯綱城があり、相当に堅固であったことが想像できます。
大手口の奥に水の手があり、
特筆すべきは本城周辺の曲輪群の規模の大きさです。
小谷城や七尾城等の高名な城山の曲輪群にも劣らない
多数の将兵を収容できる曲輪群に圧倒されました。
お城→
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