大阪市平野区の杭全神社を訪れました。平野郷は大阪市最大規模の環濠集落です。
動画中で取り上げた大門のエピソードは遅くとも1980年代には語られていたようです。
江戸時代中期享保年間の絵図に門が描かれておりこのころから大門が存在したことが分かります。摂津名所図会では明らかに四脚門として描かれています。昭和6年発行「平野郷町誌」に掲載の写真に大門が写っていますが参道全体を映した遠景写真のため画質は不明瞭。昭和34年頃の写真では現在と同じ様子の大門が写されています。
大門の塀は5本の横筋が入った皇室ゆかりの寺院(門跡寺院)などで見られる筋塀の様式です。明治期の神仏分離・廃仏毀釈の時代まで杭全神社の参道には坊が建ち並び境内には多宝塔もありました。後醍醐天皇の詔で熊野権現を祀ったゆかりもあり格式高い筋塀が取り入れられたのかもしれません。