一瞬でもいい、みつめてほしい。
この町に"君"がいること。
精華町との境、京田辺南部。同志社大学の裏山で出会った"君"との物語。
かつてウェルサンピアのプールにも連れて行ってくれた思い出も交えつつ、誰からも相手にされなくなっていく"君"を救えないものかと思って作りました。
あなたも、"君"と旅に出ませんか?
--
2025年4月のこと、奈良交通「三山木高船線」のうち、普賢寺へのアクセスに使っていた土曜昼のバスが減便対象になってしまいました。毎度ほぼ自分しか乗っておらず、とうとうこの日がきた、というのが本音でした。
市の担当者に伺うと、輸送密度は1.3人ほど、このままでは末端部と休日は廃止の可能性が高い、と。
交通至便地域で暮らしてきたひよわは、そのとき初めて考えたのです。ああ、バスがなくなるってこういうことか、当たり前にあるわけじゃないし、自身の地区だって例外ではないんだ、と。
地域理解と撮影のため、いろんな時間にバスに乗りました。乗り合わせた皆さんの他、田植え中のおじさんたち、自動車整備のお兄さん、ゴミ出しのおばあちゃん、新しいキャンプ場の皆さんなど、本当に素敵な方々ばかりでした。消えゆく過疎地域だと思い込んでいた京田辺の山間部には、温かい地区の暮らしが息づいていて、バスは日常の足として使われていました。
ただ、集落に突っ込んで戻ってくるだけの路線ということもあり、麓の人間は用事がないのも事実。運転手さんには「どちらまで行かれますか?」と何度も訊かれました。ひよわは運転ができないので、同志社大学内の停留所、精華町デマンドバスの鳥谷池停留所、生駒側の高船口停留所も駆使しながら撮影しています。
JRの電化と共に発展し、公共交通が生活に根ざすこの町は、クルマ社会の周辺自治体とは異なる魅力があります。00年代以降、近隣では多くの路線がコミバスになり、あるいは消えていきましたが、この町だからこそ三山木高船線は今日まで残されてきたのでしょう。
「我々も例外なく、去りゆく"君"をみつめるしかないのだろうか。伸びしろのあるこの町で、明日も"君"がいる景色が見たい。」そんな思いを胸に、この歌を綴ります。