鎮守の森と呼ぶにはあまりにも木が少ない神社のどこにいるのかというほどの喧しい蝉の声で包み込まれる朝。今日も階段で走り込みをする。休憩がてら境内に入ると、そこにいたのは小春さんだった。
「すいか、食べる?」
そう言って笑う彼女の学校で普段見かける姿とは違う、すました雰囲気の表情は重い体を起こすのに十分な理由だった。勧められるがままに小春さんが塩をふったそれを頬張る。
「運動後の塩分補給は大事だからね」
氷水でよく冷えたすいかは運動した後の全身に染み渡り、家で食べるよりずっと強く感じる甘さはそれが今まさに自分が欲しているものだと強く知らせてくる。
「ふふ、よかった。君、さっきまで死にそうな顔してたからさ」
端から見てそう感じるほどの顔色だったことに我ながら驚かされる。そこで先程の様子を尋ねてみると
「なんかお百度参りしてるみたいに必死な感じだった。何か叶えたい夢でもあるの?」
確かに目標に向けて鳥居から階段を何度も昇り降りする姿は少し被って映るかもしれない。ふと大会を見に来てほしいという願いが脳裏をよぎる。どう言ったものか口をまごまごしていると言葉にならない思考は遮られた。
「分かった。今度の予選で勝ち上がって道大会まで進みたいんでしょ」
立ち上がった彼女はすたすたと拝殿に向かい二礼二拍手一礼をする。神前で静かに祈りを捧げる小春さんはそれ自体が何やら神聖に見えた。普段の冗談を言って笑う姿が嘘みたいで、まるで少し遠いところにいるようだ。再び戻ってきたかと思えば今度は寧ろ制服姿で見慣れた表情で戻ってくる。これでもう大丈夫!とでも言っているふうに。
「これでもう大丈夫!君はちゃんとベストの結果を掴めるよ!」
本当に言うやつがあるか。でも、彼女の言った通りになる気がした。
そして当日。手を合わせる彼女の姿を脳裏に浮かべると、まるで海面の波がすっと引いたように心の中が凪ぐのを感じる。確かにその日、自分のベストを出し尽くせたような気がした。結果は優勝。喜びに浸りつつ観客席を見回してみると、小春さんの姿はそこにはない。別に誘ったわけでもないしと平静を装うが、試合中に抑えられていた不安が一気に押し寄せて周りの音が聞こえない。夕日の色もグラウンドの土の色と混ざって徐々にぼやけていく。
そこから先のことは殆ど覚えていない。とにかく気付けばその足で神社に戻っていた。社務所の裏から聞き覚えのある今にも泣きそうな声が聞こえてくる。
「これ、私からのお守りだから……。明日の試合、私も見に行くから……絶対に……勝ってね……」
鳥居に面した道の端には、誰かが飛ばしたすいかの種が落ちていた。
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