アテンションエコノミーサンダーマウンテン<br>歌:宮舞モカ<br>曲/映像:OUTLOUD<br>筆文字:NG。<br><br>出演:バズリニキ真下、コサンニーナ・リマセンカ<br><br>【ライナーノーツ】文責:ブチアゲニキ真下(DJ/音楽ライター)<br>テクノロジーは人類の生活を豊かにしてきた。インターネットやSNSの発展で世界は距離を縮め、情報と繋がりのスピードは格段に上がった。00年代後半に登場したTwitterやスマートフォンは個人の情報発信を飛躍的に広げ「映画『アバター』の惑星規模のネットワークが現実になる」と例えたのは孫正義氏であったか。多くの人がこのテクノロジーに希望を見出していたのである。<br><br>しかし現代のデジタルプラットフォームはスマートフォンの普及と共に人々の「注意」や「関心」を利益の源泉とする「アテンションエコノミー」へと構造変化し、真偽や質を問わない刺激的な情報の拡散と依存性の強化が進む。そしてこの構造は人類の生存本能に根ざす承認欲求と密接に絡む。人間は進化の過程で小規模集団内の信頼・評価を重視し、評価の棄損は集団からの排除=死という恐怖を持ち続けてきたという。歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏が『サピエンス全史』で示したように人類は「虚構(共同幻想)」の共有によって認知限界(ダンバー数)を超える大規模社会を築いたが、脳の認知構造は現在も小規模集団に最適化されたままとされる。そしてSNSにより認知限界を超えた大規模仮想集団への所属感が評価維持への過剰な不安や孤独感・嫉妬を招き、メンタルヘルス問題をもたらしている。<br><br>SNSはコミュニケーション手段として有用である一方で、評価の数値化と即時承認が生存本能を刺激し依存性を高める。過剰に承認を求める人物を「承認欲求モンスター」等と揶揄する向きもあるが、前述の説を真とするならば進化由来の本能に根ざすものであり時に加害的行動も「死にたくない」という叫びと解釈できよう(加害行為の肯定ではない)。インターネットがもたらした広範な「ツナガリ」は逆に孤独や不安を増幅する側面を生んだのである。<br><br>本作『アテンションエコノミーサンダーマウンテン』はこうした社会状況、テクノロジーと人類の社会的本能のミスマッチを描き出す。現状を「地獄」として否定的に描く一方、単なるテクノロジー否定や個人批判に終始しない。終盤で示される「触れる」「手を繋ぐ」重要性は、認知的に対応可能な範囲での他者と関わりを主体的に選択することで自らの「アテンション」を守る意義を問いかけるものである。<br>AI社会の入り口に立つ今、テクノロジーと人間の特性を冷静に見極め、主体性と自律性を持って世界と向き合う態度が求められる。本作を人類の進歩の可能性を模索する試みであると捉えるのは、些か大袈裟な見方だろうか。