【367年07月】
資治通鑑原文1572文字(264/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/8-桓温-4/9
3/15-苻堅-4/22
3/20-王猛-4/11
3/26-謝安-4/22
3/29-謝玄-4/25
・準メインキャスト
2/14-拓跋什翼犍-4/13
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
慕容徳-5/13
【できごと】
この年は拓跋が前燕と喧嘩をしたり、劉衛辰を襲撃していたりと、これまでのおとなしさはいったい何だったんだという活動を見せ始めます。まぁ活動はしていたけど史書には載らなかった、ということなのでしょう。たとえば拓跋の北にも遊牧民族はいたはずで、そうした部族との争いは、中華側からは一切見えませんものね。ともあれ拓跋什翼犍よりの襲撃を受けた劉衛辰は前秦に逃げ込みました。
ただ、前秦も劉衛辰にばかり構ってはいられません。ついに勃発します、五公の乱。苻幼の反乱に共謀していた苻生の弟である苻柳・苻廋・苻武、苻堅の弟の苻双が一斉に決起します。ここで苻堅は「私はお前たちをこれまで愛してきたではないか! 今からでも遅くない、矛と兵を収めるのだ、さすればこの決起もなかったこととして扱おう」と声明を上げるのですが、知らん顔です。
五公決起は長安を中央とし、見事に包囲網を敷く形でした。中でも陝城に陣取る苻廋は洛陽のすぐ側。つまり前燕とも通じやすい位置関係であったため、実際に援軍要請をしています。しかし、この要請に対し前燕の反応はやや鈍め。と言うのも警戒心の強い慕容評が前秦への介入を躊躇してしまったのです。ここには慕容垂の弟、慕容徳が「千載一遇の好機です!」と発破をかけたりもしたのですが、ダメでした。こうした鄴の動勢を受け、さらに苻廋より直接救援依頼の手紙を受けていた慕容垂は皇甫真と共に、「ここで動けんのであればどうしようもないのに」と切歯しています。
五公の乱は、はじめ五公有利で推移します。しかしこうした中で呂光が気炎を吐き、苻双・苻武を大破。そして王猛と鄧羌もまた、苻柳を撃破。瞬く間に情勢が逆転します。こうなってくると、苻廋もまた時間の問題である、と言えるでしょう。
五公の乱がかまびすしすぎるせいで、この年の晋についての内容は、たったひとつ。郗鑒の子、そして郗超の父でもある郗愔が北府軍の長となった、と言うものでした。この人事もまた、後日の伏線となるのです。