夕暮れ。慣れ親しんだ、いつもの場所。風高生にはお馴染みの溜まり場、駅前のファストフード。文化祭の片付けで多くの生徒がまだ学校に残っているためか、珍しく見覚えのある制服が目に入らない店内でポテトを摘まんでいたときのことだった。
「あーあ。結局、今年は来てくれなかったな……」
そう言って赤い衣装がよく映える白い肩を落とすのは、向かいで頬を膨らませてワッパーを食む小春だ。思わず聞き返す。
「来なかったって、誰が?」
「センパイ。今年こそきっと来てくれるって、そう思ってチャイナドレス着たのにさ……」
そう言いながらケチャップの付いた口元を拭う彼女の目はまさに心ここにあらずといった趣で、まったく目は口ほどになんたらという言葉で辞書を引いたら挿絵で載っていそうな表情だ。何とか平常心を保とうと、こちらも絵に描いたようなポーカーフェイスを決め込んで焦点距離を無限遠に飛ばした彼女の瞳の奥を覗き込む。そんなことなどお構いなしに自分の世界に入り込んだ小春は独り言のように続ける。
「なんかさ、期待してた私がバカみたいだよね。去年もそうだったんだけどさ、三日目には来てくれるって聞いたから去年もメイド服着て教室で待ってたのにね」
そう言い終わるやいなやチャイナ服は残り半分のワッパーを一気に口の中に押し込むと、紙容器に入った爽健美茶を一気にすすり、勢いよくそれを机に叩き付ける。突然の物音に店内のざわめきは止み、一瞬の静寂が訪れる。何があったのかと、注文待ちの客も振り向いてこちらを見ている。向かいで目を伏せた小春の口元から次に聞こえてきたのは嗚咽の声だった。
「好きだったのにさあ!今年はきっと来てくれるはずだって思って、それでクラスのみんなに無理言って去年と同じ喫茶店させてもらっておいて!それなのに、なのに!」
机に突っ伏してすすり泣く小春。なんか、ドラマの中のワンシーンに居合わせているようだ。正直、いまいち実感が湧かない。たった今、目の前で、他でもない自分の想いがとても叶いそうにないという事実を突き付けられているというのに。この瞬間を、ハレの衣装に身を包んで悲しみに暮れている小春を、美しいと感じてしまう。ときどきしゃくりあげるのに合わせて小さく揺れる彼女のお団子を、愛らしいと感じてしまう。この瞬間だけは、目の前の人間が全部の感情を自分の前で安心して投げ出しているという、か細い真実の側面に縋り付いて涙で崩れた化粧と取り繕う様子のない、くしゃくしゃの表情を見逃すまいと、何とか震えながら紡ぎ出す言葉を聞き漏らすまいと意識を余さず目の前の情けない大好きな、大好きだった相手に向けていたい。思う存分に感情をぶちまけてようやく少し普段の調子を取り戻した小春は、空元気を振り絞って作った笑顔をこちらに向けて言った。
「君はちゃんと幸せになってね」