【387年06月】
資治通鑑原文1664文字(254/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/4-慕容垂-5/3
3/29-謝玄▲
4/7-拓跋珪-5/17
・準メインキャスト
3/17-姚萇-5/1
3/24-呂光-5/7
4/3-慕容徳-5/13
4/9-桓玄-5/11
姚興-5/25
【できごと】
秦王と名乗った姚萇ですが、まわりは敵だらけです。とは言えその戦争指導力は本物で、嫡子の姚興に拠点たる長安の守りを任せ、自身は出征し各地の敵を次々と撃破。その西では苻登が前秦の旗印のもと勢力を急拡大しますが、そのせいで動きが鈍ると見なし東方を制圧して帰還、改めて苻登と対峙します。このあたりの動きは実に神がかり的なのですが、その後姚萇は苻堅に戦勝祈願をして苻登と戦い、敗北。怒って苻堅の墓を暴き、その死体を鞭打ち、裸に剥き、墓穴にトゲを敷いてその上に安置して埋め直しましたました。えっ。
北魏は前身である代の滅亡後に旧代領を統治していた両部、鉄弗部および独孤部と対立していました。なので後燕と結び、慕容垂の有能な息子たちのひとりである慕容麟の援護を受け、まずは独孤部を徹底的に攻撃、大破。その勢力を併呑します。一方で慕容垂は病がちとなっていたため大権を嫡子の慕容宝に委譲し始めます。慕容垂の姉妹が拓跋珪の祖母という関係であり、両国は半ば親族のような関係、でした。ええ、この頃は。表向きは。なおこのタイミングで翟遼は魏王と名乗っています。国号を冉閔にかぶせてくるあたりがロックです。
西方では呂光が前涼の復興を目指す勢力をはじめとした各勢力を次々と撃滅。こうして見ると慕容垂・姚萇・呂光の揃っていた苻堅帝国って何者だよと思わずにおれません。ただ呂光は法の運用があまりに峻厳でありすぎたため、のちに北涼を起こした「と言うことになっている」段業に諫められています。ここに段業出てくるんだ。
各地、どこもダイジェストするしかない感じですね。この当時の晋では謝玄が死亡、司馬徳宗すなわちのちの安帝の立太子、朱序の洛陽鎮守、譙王司馬恬の北府統括などがトピック。とは言えどれもあまり細かく紹介する余白がありません。大づかみに言えば「謝玄の死亡を契機とし、晋でも最終幕が始まった」と見ていただくのがいいのでしょう。
なおのちの主役、劉裕ですが、このあたりで謝玄にその学識を見込まれた人物、臧燾の妹と結婚しています。