鮨かぜのぎ【音MAD】
「ゴールドォ゙」ふいごを握り、お客の目の前まで迫った皿の上に佇むウニに向かって、金粉を撒き散らす。笑みを浮かべながら、iphoneを構え動画を取る外国人と、隣から港区に住んでいそうな女と高そうなスーツを着た中年の男がスマホをこちらに向ける。俺は職人という名のピエロだ、ピエロは常に笑みを忘れない。当然ファンサービスも欠かすことはない。弧を描くように観客に向け、金粉を撒き散らすと、客席から歓声が上がる、ここは寿司屋という名の劇場だ。入場料30000円の。「休憩頂きます」タイムカードを打刻して、380円のまかないを食べる。いつものだ。まかないといっても、客に出すネタの切れ端を酢飯に乗せて醤油をかけただけのやっつけ丼だ。タンパク質と糖質と塩分の塊であるため、食後に野菜生活を飲みながら、40分のアラームをかける。15分で食事を済ませ、40分の仮眠をする、これが疲れを残さずにピエロを続けるコツである。バックヤードのパイプ椅子に腰掛けながら、メガネを外してアイマスクをし、意識を少しずつ沈めていく。午後の段取りや予約の仕込みなどを考えているうちに、イメージの中で俺が見えた。俺とは言っても大将のもとでの修行時代の俺だ、とどのつまり夢である。高校を出てすぐに就職し、2年目に試しにやってみろと大将に言われ、見様見真似で作った握りを、生ゴミをお前は客に出すのか?と理不尽にもどやされた悪夢が思い起こされる。同期が全員辞めて、何年目かを数えるのを忘れた頃に、兄弟子と一緒に暖簾分けしてもらってこの店を開くことになる。それまで何度血反吐を吐いたことか。あのときの俺が今の俺を見たらどう思うだろうか?無意味な問だ無機質なアラームが鳴り、現実へと引き戻される。アイマスクを外してぼんやりとした視界の中で眼鏡をかけ、ピントが現実に合う。スマホのアラームを止めたとき、ホーム画面の妻と娘の笑顔と目が合った。男はは熱くなった目頭を手の甲で擦り、今夜の段取りを考える。しょうがないのさ、彼らは寿司を食べに来ているのではなく、"sushi"を食べに来ているのだ。大将から泣きながら叩き込まれた味よりも、わかりやすく脂が乗った高級そうなネタを、キラキラとしたパフォーマンスと共に、伝統的かつモダンなこの店の雰囲気を楽しみたいのだ。「しょうがないさ」タイムカードを改めて打刻し、ピエロは劇場へと戻っていった。
公開マイリストはありません。